「大変だね」って相づちを打ちながら、心のどこかがついていっていない。学生時代からの友達と会ったあと、そんな自分に気づいたことがあります。嫌いになったわけじゃないんです。ただ、会うたびに疲れるようになっていった。
人に合わせすぎて疲れてしまう状態には、「過剰適応」という言葉があります。
HSPの気質がある私自身、この言葉を知ったことで、「どうして私はこんなに人と会うと疲れるんだろう」と感じていた理由が少し見えてきました。
この記事では、過剰適応について簡単に触れながら、学生時代からの友達との関係を通して、私が「合わせなくてもいい」と思えるようになるまでのことを書いていきます。
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YODAKA一緒に自分自身と向き合ってみる時間にしていきましょうね
この記事でわかること
- 人に合わせすぎて疲れてしまう「過剰適応」という状態について
- 自分の本音を言えなかった、学生時代からの友達との関係
- 過剰適応に気づいてから、私が実際にしたこと
- 友達との関係で「合わせなくてもいい」と思えるようになったきっかけ
- 自分と向き合う過去の振り返りシートを印刷してみよう!
HSPの私が知った人に合わせて疲れる状態は「過剰適応」
人に合わせすぎて疲れる。この状態にちゃんと名前がついていると知ったのは、けっこう最近のことです。気疲れしやすい人ほど、その場ではうまくやれてしまうから、疲れの正体に気づくのが遅れるのかもしれません。ここでは「過剰適応」という呼び名の話と、それを知る前の私がどんなふうに友達と会っていたのかを書いていきます。
合わせている自覚が、そもそもなかった
学生時代からの友達って、いちばん素でいられる相手のはずなんです。気を張らなくていいし、昔の話も通じるし、格好をつける必要もない。だから余計に、自分が合わせているなんて思ってもみませんでした。
でも今になって思い返すと、話す前にまず相手の表情を見ていた気がします。



「今日は機嫌がいいかな」「この話は聞き役になった方がいい話かな」と。
自分が何を話したいかより先に、相手の表情のほうが目に入っていました。
これ、意識してやっていたことじゃないんですよね。もう染みついたクセみたいになっていて、「合わせよう」と決めた瞬間がどこにもない。だから疲れていても、その原因が合わせすぎだとは全然自覚がなかったんです。むしろ「私、友達と深い関係になるのが苦手なのかな」くらいに思っていました。
その場は、うまくいっていた


不思議なのは、会っているあいだは何も問題がなかったことです。
ちゃんと会話ができていたし、友達も私も楽しかったです。
うまくいっていなかったのは、帰ってからのほうでした。
「さっきのあれ、もっとこっちの言い方のほうが良かったかな?」と、家で一人反省会が始まる。
友達にも責められていないのに、自分で自分をフィードバックするような感じ。
そこで気づいたのが「自分の本心」を隠したまま、会話をしていたことだったと気づきました。なんか疲れるなぁと思った答えがこれです。
例えばAさんが「こっちのカフェに行きたい!」と言うと、私はすぐにOKと言います。Bさんが「みんなでパスタをシェアしない?」て聞くと、「いいね!大賛成!」と私も賛同します。
でも本心は、カフェよりも買い物がしたかったり、パスタは1人一皿でいいのでは?と思っているんです。あくまで例えとして出しましたが、周りに合わせているだけで自分の本心を友達に伝えるのがかなりの苦手タイプ。
帰ってからの一人反省会については、こちらの記事でくわしく書いています


合わせるほど、自分だけ薄くなっていく
合わせれば合わせるほど、友達に「自分がない」って思われるのが怖かった。
輪の中にはちゃんといるんです。名前も呼ばれるし、話も振られるし、写真にも入っている。なのに、そこにいる自分の輪郭だけがだんだん薄くなっていくような感じ。みんなの前に座っているのが、「何でも合わせる人」みたいに思える瞬間がありました。



だから家にいる時の自分と、友達の前にいる自分とでは真逆だったりします。
これはきっと友達も「気を遣ってくれているんだろうな」と思っているんですが、私自身としてはもっと自分の本音を言いたい。けどそれができない自分。もどかしくて、すごく自分に対して嫌気を差していたんです。
病気の名前ではなく、「過剰適応」という呼び名があった


そこで検索して出会った言葉が「過剰適応」という呼び名でした。
「過剰適応」は一般に、環境や周囲の期待に適応しようとするあまり、自分の欲求や感情を抑え、心身に負担が生じている状態を指す言葉として使われます。病名や診断名ではありません。
だから「あなたは過剰適応です」と診断してもらえるものでもないし、治療してもらう類のものでもないみたいです。
HSPも同じで、これも病気の名前ではありません。あるかないかの二択で分かれるものというより、感じやすさの濃さの話なんだと思っています。白と黒のあいだに、こまかい目盛りがあるイメージです。自分をどちらかの箱に入れて安心するための言葉ではないと、私は受け取っています。
病名や診断名ではないけど、自分の状態を振り返る言葉として知っておいてよかったです。
参考元:J-STAGEより明治大学の研究「大学生の過剰な外的適応行動と内省傾向が本来感におよぼす影響」
HSPの私が過剰適応をやめた行動とは


過剰適応をやめたいと思っても、じゃあ何をすればいいのかというと、けっこう困ります。なぜなら、私は「過剰適応=悪いこと」だと思っていないからです。けど、このまま本心を隠したまま友達と付き合うのは疲れる。友達とこれからも深い関係になれば嬉しいなと思っているから、私が実際にした行動を皆さんにシェアしたいと思います!
断り方そのもののコツは、こちらの記事にまとめています


自分の育ってきた環境を振り返ってみた
友達関係で気づいた「過剰適応」ですが、
まず私が初めにしたことは、育ってきた環境の振り返りです。
自分はどんな親もとで育ったのか、兄弟との関係性、学生時代は楽しかったのか、友達との関係は?
「合わせる方がラクだ」が癖になったのには、やはり理由があるからだと感じています。
そのひとつとして、私は家庭環境が大きな理由かもしれない。そう感じて、6時間かけて振り返ってみて、ひとつ気づいたことがありました。
すぐ感情的になり、それが態度に出る親の存在でした。
私は親の機嫌を損ねないように「いい子にしなきゃいけない」と、常に機嫌を伺う子供時代を過ごしました。だからか、親に反発したこともないし、親が勧めるものには全部YESで答える。私の場合は、社会人になってから突然身についたものではなく、幼少期からの経験も影響しているのかもしれない。そう気づきました。
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勘違いしてほしくないのが親のせいとかではないです。あくまで自己理解として私は過去を振り返ってます。
ただ、育ってきた環境は今更変えられません。だけど、自分の過去を振り返ることで納得感があるというか「自分の性格が全て原因ではない」と思える、大切な事です。
自分の性格を友達に話してみた
すでに過剰適応の性格に気づいて「どう思う?」と聞いてくれる友達がいる人も、そうじゃない人も、私は自分の苦手と思うことを伝えるようにしました。
「本音を伝えるのが苦手だけど、◯◯ちゃんにはちゃんと伝えたいと思っているんだよね」
好きな人の告白前か!?ぐらいの、重たい発言ですが、私は友達にコレ言ってます、笑
自己開示のような感じですかね。
友達の反応は驚いた様子もなく、
「そうだったんだ!でも無理に本音を言わなくても別にいいんだよ」という言葉です。
私はこの言葉に何度も救われてます。勇気を出して苦手なことを伝えて良かったです。
あと、これを伝えたら「ただの合わせている人」から脱却できた気がする。すぐに本音は伝えるのは難しいけど、時間がかかっても「自分のこうしたい!」は相手に伝えるべきだなと思っています。これは仕事面でも言えることで、自分の苦手な部分を相手に話して、言えるようになったら「勇気出して発言してくれたのかな」と前向きに捉えてくれる人が多いからです。結果的に信用につながる場合もあります。
そうやって少しずつ練習を重ねていく。
もちろん協調性がない人だと思われたくないから必要な時は合わせますが、「これは絶対イヤだ!」と感じる時はきちんと自分の気持ちを伝えるようになりました。
実家との関係を見直した
過剰適応について考える中で、私は親との関係についても振り返るようになりました。
どんな人も親の前では「子供」の自分になるわけですが、1人でいるときの自分とのギャップに私は悩んでいました。実家に帰るたびに「子供」になる調整が難しいと言うか。親が食べたいもの、行きたいところ、エアコンの温度、汚れたキッチン、価値観がズレた会話、物で溢れている部屋など…いまさら「こうしたら?」と伝えるのも面倒だし、罪悪感で疲れるから、自分にとって心地よい距離を考えた結果
私は正月やお盆に帰らないことにしました。
嫌いになったワケじゃないけど、離れている方が良好な関係でいられる気がする。
相変わらず親の機嫌を見てしまう私には、このぐらいの距離がちょうどいいんです。
初めて帰省しないことを親に伝えるのは勇気が必要でした。親の反応も「何で?何かあった?」と戸惑っていましたが、ここは「友達と旅行に行く事にした」と毎年伝えてます。
気が乗らない誘いは断るようにした
今までなら、絶対にOKしていた遊びの誘いに「今回はやめておく」と断るようにしました。
これまでの私は友達に「ノリが悪い」と思われたくなくて、誘われた誘いは基本的にYESでした。「行きたい」「行きたくない」の本音を無視するのも逆に、友達に失礼な気がする。だから私は気が乗らない誘いは全て断るようにしています。
最初は罪悪感でいっぱいでしたが、友達から「ダメ元で誘ってるから気にしないで〜」と返事がありホッとした。次に会った時は「その前は行けなくてごめんね」とだけ伝えてます。
1回断る経験を積んでから、受け身じゃなくて「自分でも誘ってみようかな」と前向きな気持ちになりました。だから友達とは今も良好な関係を築けて、お互い、ダメ元で遊びに誘っている状況です、笑
過剰適応の原因を「過去を振り返るシート」で探してみる
過剰適応の原因を探るとき、私がやったのは育ってきた環境の振り返りでした。とはいえ、いざノートを開くと何から書けばいいのか分かりません。私が6時間かけて考えた順番を、そのまま書き写せる質問の形にまとめたので、よかったら使ってください。ノートとペンだけあれば始められます。
書く前に、ノートの1行目に書いておいてほしいこと
これは、誰かのせいを探す作業ではありません。自分を知るためにやっています。
まずこの1行を書いてから始めてください。
この記事の前半にも書きましたが、親のせいだとか、あの友達のせいだとか、そこに着地させるための振り返りではないんです。私も書いているうちに何度かそっちに行きかけて、この1行に戻されました。
書いていて苦しくなったら、そこで閉じて大丈夫です。
手が止まらないほどつらい記憶が出てきたときは、一人で続けないでほしいなと思います。
ノートに書き写す6つの質問
順番に書いていきます。1ページに1つ、答えは下に書く形です。
- いま、誰といると疲れるのか(最近疲れた場面/そこにいた人/飲み込んだ言葉)
- 子どもの頃の家(誰の機嫌を見ていた/機嫌が悪いとき何をしていた/言わなかったこと)
- 学生時代(グループでの自分の役/行きたくなかった誘い/断ったあと何が起きたか)
- 働きはじめてから(言えないと思った瞬間/引き受けすぎた時期/誰の顔色を見ていたか)
- 共通点に丸をつける(1〜4を読み返して、同じことを言っている言葉を探す)
- ひとつだけ決める(次の1週間で試すことを、ひとつだけ)
私にとっていちばん効いたのは、4の最後にある「その人は、2で書いた人と似ているところがある?」でした。
相手が変わっても、こちらの反応のしかたは変わっていなかったんです。
5まで来たら、こんな一文を作ります。
私は、相手が( )のとき、合わせるスイッチが入りやすい。特に( )という場面で。
ここが埋まれば、このシートの目的はほぼ達成です。私の場合は「機嫌が変わりやすい人」と、その場でパッと決めなきゃいけない場面でした。
全部で1〜2時間くらいですが、1日で終わらせなくて大丈夫です。私も何日かに分けました。
印刷して使いたい方へ


書く欄と罫線を入れたシートを用意しました。A4で3枚です。
ノートに写すのが面倒な方は、こちらを印刷して直接書き込んでください。
書いたページは、見返さなくてもかまいません。書いているあいだに「あ、ここから来ていたのかもしれない」と思える瞬間がひとつでもあれば嬉しいです。
人に合わせすぎて疲れたときによくある質問
人に合わせすぎて疲れたとき、私自身がずっと引っかかっていた質問を3つ並べました。答えはどれも、私の場合はこうだった、という範囲の話です。
Q. 共感できない私は、冷たいのでしょうか?
私もずっとそう思っていました。友達の話に心が動かない自分は、冷たい人間なんじゃないかと。
今は、共感できることと、相手を大事に思っていることは、別々に置いていいと思っています。私は「わかるよ」が言えませんでしたが、その友達に会いたくないと思ったことは一度もないし、元気でいてほしいとずっと思っていました。心が動かなかったのは、相手への気持ちの量の問題というより、自分の中に置き換えられる材料があるかどうかの問題だったんだと思います。
それに、話が噛み合わなくなったのは、どちらかの性格が変わったからでもないんですよね。状況が変わっただけです。誰かが悪くなった話ではないので、そこで自分を採点しなくていいんじゃないかと思っています。
Q. 過剰適応は、治すものですか?
病気の名前ではないので、治すという言い方にはならないと言われています。心理学の分野で、そういう傾向にあとから名前をつけたもの、という理解でいいみたいです。
私の場合も、何かを治した感覚はまったくありません。合わせるクセ自体は今もあります。初めて会う人の前ではいまだに相手の顔色から入るし、たぶんこれは一生そうだと思う。
変わったのは、それをやっている自分に気づけるようになったことのほうです。あ、今また先に相手の顔を見たな、と思えるだけで、そのあとの選択が少し変わる。名前を知るというのは、私にとってはそれくらいの効き方でした。
Q. 誘いを断ったら、関係は切れませんか?
私の場合は切れませんでした。ここは正直、断る前にいちばん知りたかったことです。
ただ、これは私と、私の友達の話です。相手にもよるだろうし、断り方や回数にもよると思うので、誰でもそうなりますとは言えません。それでも、断ったら終わりだと思い込んでいた人間が、実際には終わりませんでした。そういう一例として読んでもらえたらと思います。
まとめ|人に合わせすぎて疲れたのは、性格のせいじゃなかった
最後に、この記事のきっかけになった「過剰適応」という言葉のことを書いておきます。
名前を知ったからといって、何かが解決したわけではありません。友達との関係が急に深まったわけでもないし、合わせるクセが消えたわけでもない。
ただ、HSPの特性がある自分の性格を理解できるようになりました。
これまでの私は人に合わせすぎて疲れたのは、性格のせいだとずっと思っていました。優しさが足りないとか、心が狭いとか、そういう話だと。
今はそう思っていません。「過剰適応」で合わせるのがクセになっていただけだと思っています。
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